「書けない」はLDを疑って!努力不足にしない子どもの学びを支える関わり

子育てノウハウ

文字を読むことはできても、書くことに大きな負担を感じる「書き障害」があります。
周囲から困難が見えにくいため、努力不足と誤解されることもあるそうです。
子育てや教育、保育に関わる私たちが知っておきたい支援について考えます。(※2026年5月26日の朝日新聞の記事を参考にしています)

 読めるのに書けない「書き障害」とは

東京農工大学客員教授の河野俊寛さんによると、書き障害は学習障害(LD)の一つで、ディスグラフィアとも呼ばれます。一方で、読み障害はディスレクシアと呼ばれます。
漢字を書こうとしても形がはっきり浮かばないなど、書くことに困難がありますが、その程度や状態には大きな個人差があります。
全く文字を書けないとは限らず、漢字を避けて平仮名を多く使ったり、漢字を書けていても非常に大きな負担を感じたりする子どももいます。
文部科学省の2022年の調査では、「『読む』または『書く』に著しい困難を示す」小中学生は推定3.5%でした。
外からは普通に書けているように見える子どもにも困りごとがあると知ると、見た目だけで判断してはいけないと感じます。

 「もっと練習すればできる」が苦しさになることも

書き障害で特に難しいのは、「読めるのだから書けるはず」と周囲から考えられやすいことです。
学校では「練習すれば覚えられる」と受け止められ、努力不足や怠けていると誤解される場合もあります。
例えば20点満点の漢字テストで平均18点のところ10点だった子どもを、「半分書けた」と見るだけでは本人の負担を見落としてしまう可能性があります。
子育てでも、できないことを見ると、つい「もう少し頑張って」と声をかけたくなることがあります。
しかし、本人はすでに周囲から見えないところで精いっぱい努力しているかもしれません。
褒め方や声のかけ方を考えるときにも、結果だけではなく、取り組むためにどれほど頑張っているのかを見ることが大切だと思います。

 早めに気づくことで選べる支援が増える

河野さんは、小学校低学年、できれば1年生のうちから状態を確認して支援につなげることの重要性を指摘しています。
1年生修了時ごろには、平仮名やカタカナ、1年生で学ぶ漢字をすらすら書けるか確認してほしいとしています。
ただし、発達には個人差があるため、単純に早く書ければよいという話ではありません。
書くことへの困難を抱えたまま、「みんなも同じくらい大変なのだろう」と無理を続け、力尽きてしまう子どももいるそうです。
学校へ行けなくなるほど苦しくなる前に気づく仕組みが必要だという指摘は、とても重要に感じます。
保育やベビーシッターなど子どもと接する場でも、「ほかの子と違う」と評価するのではなく、その子が何に困っているのかを丁寧に見る姿勢を大切にしたいものです。

 手書きだけを学習のゴールにしない

書き障害が分かった後に考えたいのが、「何のために文字を書くのか」ということです。
河野さんは、学習の本質は考えること、そして考えたことを人へ伝えることではないかと話しています。
文字はそのための便利な道具ですが、目的そのものではありません。
そのため、手書きだけにこだわらず、音声やキーボード入力を利用する方法も考えられます。
インクルーシブ保育や教育を考えるうえでも、全員に同じ方法を求めるより、その子が力を発揮できる方法を一緒に探すという発想に共感します。
できない方法を繰り返させるより、「これなら伝えられる」という方法が見つかることで、子どもの安心にもつながるのではないでしょうか。

 子どもの困りごとを決めつけずに聞く

書き障害は見た目だけでは分かりにくく、本人自身も自分の大変さを「普通」だと思っている場合があります。
だからこそ、家庭や学校、保育など子どもを取り巻く大人同士のコミュニケーションも重要です。
ベビーシッターを目指す人にとっても、子どもの行動をすぐに「苦手」「やりたくない」と決めつけず、その背景を考える視点は役立つでしょう。
書く速さや漢字の点数だけでは測れない、その子自身の考える力や伝える力があります。
子どもを周囲と同じ方法に合わせることより、本人が学び続けられる方法を一緒に見つけることを大切にしたいと思います。