「○○ちゃんママ」と呼ばれる日々から自分の名前を取り戻すまで

キッズパーク豆知識

「○○ちゃんママ」と呼ばれる日々から自分の名前を取り戻すまで

子どもを通じて生まれる保護者同士の関係は、心強い一方で、息苦しさを感じることもあります。
大阪府内で高校教諭として働く原晶子さんの経験から、母親という役割と自分らしい生き方について考えます。
(※2026年1月22日の朝日新聞の記事を参考にしています)

子どもを通してつながる保護者の世界

原晶子さんが幼稚園の保護者たちと関わり始めたのは、今から16年ほど前、上の子どもが3歳で私立幼稚園に入園したころでした。
当時の原さんは仕事を辞め、専業主婦として子育てをしていました。
保護者同士の会話では、夫の職業や学歴、子どもの様子、料理や家事の腕前などが話題になったといいます。
夫が医師だと伝えると「玉の輿」と言われ、自分が積み重ねてきた学歴や仕事の経験が見えなくなってしまうように感じました。
私たちも、誰かを「○○さんの妻」や「○○ちゃんのお母さん」としてだけ捉えてしまうことがあるのではないでしょうか。
悪気のない言葉でも、本人が大切にしてきた努力や経験を見えにくくしてしまうことがあるのだと考えさせられます。

交流の名のもとで続いた保護者活動

入園後、原さんは秋のバザーに向けた制作係に参加しました。
年少から年長までの保護者約20人が集まり、週3回、子どもの登園から降園まで絵本バッグなどを作る活動です。
年によっては人形の着替え服や子ども用エプロンを作り、完成品はバザーで販売されました。
作業後のランチでは、夫の職業や学歴、子どものこと、料理の腕前などについて会話が交わされました。
原さんが、全員で集まって作業する必要があるのかと疑問を口にすると、保護者同士の交流が目的だと説明されたそうです。
しかし、参加することが当然とされる環境では、気軽な交流というより、断りにくい役割に感じる人もいるでしょう。
園の活動に協力することは大切ですが、家庭の事情や考え方が異なる以上、全員に同じ関わり方を求めることには無理があるように思います。
子どもが園に通っていると、関係を悪くしたくない気持ちから、本音を言いにくくなるという点にも共感できます。

一人の母親との出会いが生んだ変化

そのような環境の中で、原さんは一人の母親に興味を持ちました。
その人は集まりに遅れても堂々としており、周囲に無理に合わせようとしない軽やかさがあったといいます。
話を聞くと、非常勤の家庭科教師として中学校で働いていました。
専業主婦が多かった園では、仕事を持つ母親は珍しい存在でした。
その姿を見たことが、原さんにとって自分の将来を考えるきっかけになりました。
「○○ちゃんママ」としてだけではなく、自分自身の名前で生きられる場所を持ちたいと考えるようになったのです。
上の子が年長のとき、原さんは通信教育で教員免許の勉強を始めました。
子どもを寝かしつけた後の数時間を勉強に充て、3年かけて中学校と高校の音楽、英語の教員免許を取得しました。
子育てをしながら学び直すことは、時間だけでなく、相当な気力も必要だったはずです。
それでも一歩を踏み出した原さんの姿から、始める年齢よりも、自分が納得できる方向を見つけることの大切さを感じます。

母親であることと自分らしさを両立する

原さんは非常勤講師、常勤講師を経て、現在は正規教員として5年目を迎えています。
生徒から「原先生」と呼ばれる日々は忙しくも充実しており、今の生き方が自分には合っていると感じています。
幼稚園に関わった5年間、一度も自分の名前で呼ばれなかったという原さんの言葉は印象的です。
一方で、「○○ちゃんママ」という役割に喜びや誇りを感じる人もいます。
どちらが正しいということではなく、自分が心地よくいられる生き方を選べることが大切なのでしょう。
保護者同士のつながりは、子育ての支えになることもあれば、比較や同調の圧力を生むこともあります。
だからこそ、相手を家族の肩書だけで判断せず、一人の人として名前や考えを尊重する姿勢が必要だと感じました。
母親になっても、それまで積み重ねてきた経験や将来の夢がなくなるわけではありません。
子育てと自分の人生を対立させるのではなく、どちらも大切にできる社会であってほしいと思います。