スーパー戦隊、50年の歴史に幕。多くの子ども達に愛されて

キッズパーク豆知識

テレビ朝日系列で放送されてきた「スーパー戦隊」シリーズが、2026年3月をもって終了する予定です。
約50年にわたり毎年新作が制作・放送され、長年にわたって多くの子どもたちに親しまれてきました。
この「戦隊シリーズ」に魅了されてきた人々は、どのような思いを抱いているのでしょうか。
(※2025年11月27日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)

戦隊ヒーローが教えてくれた、過酷な日々とその先にあるもの

25年前の正月、西岡竜一朗さん(49)は、東京・文京区にあった後楽園ゆうえんちのジェットコースター最前列で立ち上がり、剣を構えました。
当時放送中だった「救急戦隊ゴーゴーファイブ」でゴーレッドに変身する巽マトイ役を務めており、野外ステージの演出の一環でした。
「今の時代では、安全ベルトを外してコースターで立つなんて考えられないでしょう」と、当時を振り返り笑います。
前日の夜、閉園後に約10回練習として乗車しましたが、恐怖で一度も立つことができなかったといいます。
しかし本番では状況が一変しました。
コースターが頂上に差しかかると、目の前には扇形の劇場と、その周囲を埋め尽くす観客席が広がっていました。
約2500人の観客を前に、「怖さは一瞬で消えた」といいます。急降下を繰り返す中、西岡さんは衣装姿のまま立ち続け、1メートルを超える剣を振り上げました。
「強いプレッシャーはありましたが、他では味わえない貴重な体験でした」と語ります。
舞台俳優として活動する中で受けた数多くのオーディションの一つが「ゴーゴーファイブ」であり、約2000人の中から主役のレッドに選ばれました。
しかし、その後の生活は想像以上に厳しいものでした。
朝6時には東京都練馬区の東映東京撮影所に集合し、リハーサルや撮影に加え、CM出演や雑誌取材などでスケジュールは常に埋まっていました。
火薬やガソリンを使った特撮シーンも多く、衣装が焼けたり溶けたりすることも珍しくなかったといいます。
撮影後はタクシーで横浜市の自宅へ戻るのが深夜2時頃。
シャワーを済ませて休もうとすると、わずか2時間後の午前4時には再び迎えのタクシーが到着する生活でした。
「1年間で休みはわずか8日。自分の人気を実感する余裕もありませんでした」と振り返ります。
それでも、シリーズが終了した際には「もうあの緊張感ある日々を送れないのか」と、寂しさを覚えたといいます。
その後、28歳で俳優業に区切りをつけ、バイクの修理・販売業を始めました。
「経営で何度も壁にぶつかりましたが、あの1年を思い出すことで乗り越えることができました」と語ります。
今年10月末、ラーメン店で順番を待っていると、後ろにいた若者がスマートフォンを見ながら「戦隊シリーズが終わるらしい」と話しているのが耳に入りました。
「驚きましたが、時代の流れかもしれません。
ただ、これからの子どもたちのためにも、いつかまた復活してほしいですね」と、静かに願いを口にしました。

海を越えて受け継がれる戦隊の魅力とその影響

米国オハイオ州にあるケニオン大学で客員助教授を務めるエリック・マキーバーさん(39)が戦隊シリーズに出会ったのは、小学校低学年の頃です。
きっかけは、アメリカで放送されていた「パワーレンジャー」をテレビで見たことでした。
この作品は、日本の「ジュウレンジャー」をもとに制作されたものでした。
1人のヒーローがすべてを解決するのではなく、それぞれに個性や弱点を持つ5人が協力して戦う姿に強く惹かれたといいます。
やがてそのルーツが日本にあると知り、「本場の特撮をもっと深く理解したい」という思いから、大学では日本語を専攻しました。
そして2007年には早稲田大学へ留学を果たします。
留学中は、毎週欠かさず戦隊シリーズをテレビで視聴しながら、レンタルビデオ店で過去作品も順に鑑賞していきました。
日本の戦隊作品には「仲間との絆」や「環境への配慮」といったメッセージが織り込まれており、そのストーリー性の高さにさらに魅了されていったといいます。
1年間の留学を終えた後、「いつか自分も特撮作品を手がけたい」という目標を抱くようになりました。
そして2021年、監督として映画「Ike Boys(イケボーイズ)」を制作します。
作品は、日本文化に憧れる少年2人と日本から来た留学生の少女が、世界規模の危機に立ち向かう物語で、自身の戦隊シリーズへの思いが色濃く反映されています。
この映画はThe New York Timesなどでも好意的に評価され、現在は続編の制作にも取り組んでいます。
シリーズ終了の知らせを受け、「自分の成長に大きな影響を与えてくれた存在が終わるのは信じがたいです。しかし、私のようにその魅力を受け継ぎ、次の世代へつないでいく人は必ずいると思います」と語り、未来への希望をにじませました。