それ教育虐待です!子どもに過度な期待は禁物

子育てノウハウ

「医者になりなさい」。首都圏に住む20歳の男性は、医師である父親からそう言われて育ちました。父親は「収入が高く、安定した仕事だから」とその理由を説明していました。
少子化が進む中、「子どもは少なく、でも教育資金は多く」と考える保護者が増え、乳幼児期から習い事三昧の日々を過ごしている子どもが増えたと聞きます。
大きくなるにつれ、本人が疑問を持ち親子の縁を断ったり、うつ病を患ったりする人もいるとのことです。
(※2024年9月3日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)

 

父の期待と苦悩する息子の葛藤

小学校1年生の頃、父の意向で大手の学習塾に通い始めました。最初のうちは成績も上位を維持していましたが、高学年になるにつれて学習内容が難しくなり、成績が下がることも増えてきました。その度に父は激しく怒り、「集中力が足りない」「本当に合格できると思っているのか」と、長時間にわたる説教が続きました。つらい時間でしたが、親の言うことは正しいと信じ、ただ黙って耐えていました。
ある日、我慢の限界に達して口答えをしましたが、言い争いの末に押さえつけられ、無力感だけが残りました。首都圏屈指の難関校には合格できたものの、男性は医師という職業に興味を持てず、別の道に進みたいと父に打ち明けました。すると父は怒り、「医者にするために金をかけてきたのだ」と激しく非難しました。大学受験も父が志望校を決め、すべてが難関大学の医学部ばかりでした。受験校を変えたいと伝えても、父は「金を出すのは俺だ」と取り合いませんでした。中学受験期からの父の干渉により、男性は強く言われると反論できない自分になっていったのです。
結果として、現役での入試はすべて不合格に終わりました。

父の干渉と自立への一歩

浪人生活が数カ月経った頃から、だるさを感じるようになり、心療内科で軽度のうつ病の疑いがあると診断されました。勉強にも集中できなくなりました。
そんな中、佐賀県で元九州大学生が両親を殺害し、懲役24年の判決を受けたというニュースを目にしました。被告は小学生の頃から成績を巡って父親から暴行を受けており、判決では教育虐待が事件の背景にあると認定されました。この報道を通じて、男性は親の過度な干渉が虐待に該当することを知りました。
昨年の秋以降、風邪のような症状が続き、予備校にも通えなくなりました。受験が迫った冬、ついに父に自分の思いを伝える決意をし、直接ではなく書き置きという形で告げました。「体調が悪くなったのは、あなたが原因です」と。これを伝えたことで、少しだけ精神的に自立できたように感じました。
今春の大学受験も失敗しましたが、父は何も言わず、以前のような干渉もなくなりました。
来年こそは、自分で選んだ大学に挑戦したいと、男性は強く思っています。

高まる中学受験熱と教育虐待のリスク

「教育虐待」という言葉が広まるきっかけの一つは、2011年12月の日本子ども虐待防止学会での発表でした。発表者である臨床心理士の武田信子さんによれば、教育虐待とは、子どもの心身の限界を超えて親が教育を強制することを指します。武田さんは、中学受験がその発端になりやすいと指摘しており、「小学生は大人の価値観を絶対視しがちで、コントロールを受けやすい。特に中学受験は親主導となることが多いため、注意が必要です」と述べています。
現在、中学受験熱は都市圏で特に高まっています。大手進学塾「栄光ゼミナール」の推計では、2024年の首都圏1都3県の中学受験者数は約6万7400人で、小学6年生の全体に占める割合は23.31%に達し、4人に1人が受験するという過去最高の数値となっています。また、近畿地方でも受験者数が増加しており、2024年1月13日の私立中学校入試では1万7312人が受験し、過去10年で2番目の多さとなりました。受験率も10.17%で、過去10年で最高を記録しています。

愛知県で高まる中学受験熱と親の競争心の影響

愛知県などで37教室を展開する学習塾・名進研によると、同県内にある約20校の私立中学校の2024年度入試志願者数は約1万5000人に達し、過去9年間で最も多くなりました。さらに、2025年度には県立中高一貫校4校が開校予定であり、併願者が増えることで志願者数がさらに増加する可能性があります。
臨床心理士の武田信子さんは、「都市部で中学受験が盛んな地域では、親が周囲との競争心から行動をエスカレートさせやすい傾向があります。中学受験熱が高まる今、子どもが苦しむケースが増えかねない」と懸念を示しています。

受験期などに見られる教育虐待の実態と社会の課題

中学受験期における教育虐待の実態を示すデータがあります。日本女子大学の大学院生である浅見里咲さん(33)が昨年8月、東京都内の18~39歳の男女を対象にインターネットで実施した調査では、中学受験を経験した133人のうち、「父親から暴力を振るわれた」と答えた人は13.6%、「母親から」は12.8%に上りました。
浅見さんは「子どもの将来の成功が親の責任とされるプレッシャーが強まっているように感じます。親が焦り、子どもが苦しむ背景には、そうした社会全体の課題があるのではないでしょうか」と指摘しています。