我慢していない?「いじめ」余裕ない大人を察する子ども

キッズパーク豆知識

全国の学校で認知されたいじめの件数は、2022年度に過去最多の約68万2千件に達しました。一方で、表面化しない事例も依然として後を絶ちません。なぜSOSが見落とされ、見過ごされるのでしょうか。経験者の話から、その実態に迫ります。
(※2024年3月3日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)

長男へのいじめをきっかけに母親が語る過去の経験

「学校どうだった? 何かあった?」。横浜市に住む40歳の女性は、小学4年生の長男に毎日必ずそう話しかけます。きっかけは、長男が受けたいじめでした。

おととし、体格の小さい長男が複数の同級生から「ちび」と言われていることを、学校から連絡がありました。その日の夜、長男が寝た後、女性は同居する両親に長男の件を相談しました。その際、女性はこれまで両親にも話していなかった自身の経験を打ち明けたのです。

親にも言えなかったいじめの記憶

女性は小学校教員の両親のもとに生まれました。活発な性格で、小学校時代は学級委員も務めていました。家族の期待に応えられていると感じると、うれしく思いました。

中学3年に進級した春のことです。クラスで発言力の強い女子生徒が「(女性のことを)無視しろ」と言いました。それから1年間、クラス全員が口をきいてくれなくなりました。担任教員は「無視しろ」と言った生徒と仲が良さそうに見え、相談などとてもできないと感じました。

つらかったのは、家族にも相談できなかったことです。教育者である両親が、我が子が「いじめられっ子」であると知ったらどう思うでしょうか。弱い子だと失望するかもしれないし、学校にクレームを言って大ごとになるかもしれません。そう想像すると、いじめを相談するという考えも、学校を休むという考えも浮かびませんでした。「私は強いから大丈夫、大丈夫……」。自分にそう言い聞かせ続けました。

救いだったのは、違うクラスにいた小学校からの友達と、趣味の音楽でした。卒業後は加害グループと別の高校に進み、ようやくいじめから逃れることができました。

いじめを打ち明ける勇気と親の気持ち

女性が中学時代のいじめ被害を両親に明かすと、母親は涙を流しながら言いました。「気づかなくてごめんね。そんなに期待をかけているつもりはなかったけど、敏感に感じ取っていたんだね」と。

女性の目からも涙があふれました。「自分は強い」と自身に言い聞かせ、家族にはいじめ被害に気づかれないように振る舞ってきました。しかし、「やっぱり気づいてもらいたかったんだ。こういう言葉をかけてほしかったんだ」と思うと、張り詰めていた気持ちがほぐれ、少しだけ胸のつかえが取れた気がしました。

長男へのいじめは、学校の早い対応もあり、すぐに止まりました。しかし、今後も被害を受けないとは限りません。そのとき、長男は自分に打ち明けてくれるでしょうか。相談しづらい気持ちがわかる分、親としては相談してもらえないかもしれないという恐怖もあります。

女性は自身の経験も踏まえ、両親とは「子どもが何でも話せる環境を作らないといけないね」と話しています。「いじめは、誰かに話すことでとても楽になれるから」。

子どものいじめ相談の壁と大人の役割

いじめが見落とされたり、見過ごされたりするのはなぜでしょうか。石川悦子・こども教育宝仙大学教授(教育臨床心理学)は、「子どもには大人にいじめ被害を相談しにくい心理がある」と語ります。

東京都が2012年度に行った、9360人の児童生徒を対象とした調査によると、いじめられた経験があると答えた6195人のうち、「相談しなかった」と答えたのは45.6%でした。

相談しなかった理由としては、「被害が悪化するから」(75.4%)が最も多く、「誰かに言ってもいじめは解決しないから」(54.3%)、「周りの人から普通に接してもらいたいから」(47.2%)、「恥ずかしいから」(42.4%)、「誰かに相談したくても聞いてもらえないから」(35.7%)と続いています。

いじめ相談のハードルを下げるために

石川教授は、「弱い子と思われるかもしれないとか、自分がいじめられていること自体を認めたくないと思って我慢してしまい、心身が壊れるまでSOSを出さないことも珍しくない」と述べています。加えて、大人に余裕がないことも相談のハードルを上げる要因だと指摘しています。

多忙な教員は各自の仕事に手いっぱいで、学級で起きた問題はまず担任が責任を持つという意識も根強いです。このような雰囲気では、子どもの様子が気になっても担任は周囲の助言やサポートを求めにくく、担任が自分ひとりで「いじめではない」と判断したり、他の仕事に追われたりしているうちに深刻化する事例も後を絶ちません。保護者が多忙だったりストレスが溜まっていたりすると、子どもが大人の苦しさを察して相談しないこともあると指摘しています。

2013年に施行されたいじめ防止対策推進法は、多様な視点で子どもを見守るため、各学校にいじめ対策のための組織を作ることを義務づけました。しかし、石川教授によると、対策組織が機能していない学校も少なくありません。学校だけに頼らない仕組みを作ろうと、近年は教育現場から独立した形で相談窓口を作る自治体も増えています。相談ツールも多様化が進み、メールやSNSなど子どもに身近な手段で相談を受け付ける窓口も増えました。

石川教授は、様々な立場の大人が相談に応じる姿勢を見せていくことが重要だと強調しています。「子どもに『担任と保護者に相談できなければ我慢するしかない』と思わせず、相談の選択肢を広げていかないといけない」と述べています。